京都南ロータリークラブ
 
 
 
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 年度別アーカイブス

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 週 報
 No.01
No24
Back to 1954-2019
「第1回全日本自動車ショー」が開催される

京都南ロータリークラブが誕生した1954年の4月20日から29日まで、東京日比谷公園にて、「第1回全日本自動車ショー」(1964年より「東京モーターショー」に名称変更)が開催された。当時、クルマは庶民にとって「夢のまた夢」でしかなかった。展示車両267台を揃えたが、乗用車は17台。トラックが主体で展示車の多くはトラック・オートバイなどであった。それでも10日間の会期中に54万7000人の来場者を集めた。
 No.02
No24
太陽族
ロータリー創立50周年記念植樹が宇治平等院河畔で行われた、1955年。作家石原慎太郎の「太陽の季節」が芥川賞受賞。映画『太陽の季節』には、作者の石原慎太郎と実弟・石原裕次郎が俳優として登場。舞台となった湘南海岸には髪型は、後頭部と脇は刈り上げ、前髪を短く垂らす「慎太郎刈り」、そして、サングラスにアロハシャツという姿の「太陽族」の若者であふれた。
画像クレジット  (c)kyodonews
 No.03
No24
国産ロケット第1号発射成功
1957年(昭和32年)9月20日、秋田県道川海岸のロケットセンターから国産ロケットが初めて打ち上げられ、実験が成功した。 実験を行ったのは糸川英夫博士を中心にした東大生産技術研究所で、観測用ロケット・カッパー4C型1号機は、高度約4万5000mに到達したとき、搭載のガイガーカウンターで宇宙線を観測した。ロケットは、全長5.93m、重量378kgだった。
画像クレジット  (c)kyodonews
 No.04
No24
東京タワー
1958(昭和33)年12月23日、在京テレビ局の送信アンテナを集約する「東京タワー」が東京・芝公園近くに完成した。1年半の工期で総工費28億円、鋼材4000トンを使った。高さ333mはパリのエッフェル塔をしのぎ、当時世界一を誇った。テレビ時代の到来を象徴。高さ150mと250mの2ヵ所に展望台があり、東京の新名所となった。下には都電が走り、遠くに国会議事堂の姿まで見える。
写真:建設中の東京タワー1958年7月23日撮影
(c)共同通信社
 No.05
No24
皇太子殿下、美智子さま結婚
1959年04月10日、皇太子殿下(現天皇)と正田英三郎・日清製粉社長の長女美智子さんとの結婚の儀が皇居内の賢所で執り行われた。皇居から新居、東宮仮御所までの馬車列によるご成婚パレードでは50万人以上が沿道を埋めつくして祝福。民放テレビの開局もこれに合わせて相次ぎ、テレビの受信契約は200万台を突破した。テレビ中継で見た人は1500万人に上った
画像キャプション 皇太子ご夫妻がオープン馬車でパレード (c)共同通信社
 No.06
No24
東海道新幹線開業
1964年2月6日、京都南ロータリークラブでは第500回記念例会が行われ、3月19日には京都ステーションホテルにて創立10周年記念式典・晩餐会が催された。

そのような京都南ロータリークラブの節目の年、1964年の10月1日には東海道新幹線が開業。写真は、10月1日、午前6時、盛大な見送りを受けて東京駅9番線ホームを出発する営業第1号車「ひかり1号」。ほぼ定刻の午前10時に新大阪駅に到着したそうだ。

(c)朝日新聞社 東京駅を発車する営業第1番列車「ひかり1号」
 No.07
No24
ビートルズ来日
1966年6月29日ビートルズが来日。台風の影響で、飛行機の到着が遅れ、彼らが日本に到着したのは、明け方の午前3時39分であった。世界各地でのビートルズ騒動を伝え聞いていた日本の警察は、厳重な警備体制を敷いた。 空港での混乱に備え、ヘリコプターを3機用意し、横田基地に緊急着陸の手はずを整え、羽田空港とホテル、そして沿道警備に警官3万人を動員するほどであった。ビートルズの日本でのコンサートは、3日間の昼・夜公演で、計5回行われた。

(c)共同通信社
 No.08
No24
東名高速道路全線開通
1962年(昭和37年)5月31日から 東京IC - 静岡IC間より工事に着手した東名高速道路。1968年4月から飛び石開通していたが、最後の未開通部分、大井松田(神奈川県)-御殿場(静岡県)間25・8キロが1969年5月26日開通。これにより、東名高速道路は東京都世田谷区から愛知県小牧市までの346・7キロが全線開通した。

写真:東名高速道路全線開通を祝って作られたアーチ=足柄サービスエリア付近
(c)共同通信社
 No.09
No24
歩行者天国
休日などに道路の車両通行を禁止する「歩行者天国」。1970(昭和45)年8月2日(日曜日)、都心の銀座、新宿、池袋、浅草の4地区などで日本で初めての本格的な歩行者天国がスタートした。今は歩行者天国は普通の光景だが、当時はかなりのインパクトだったようで、都内では銀座の23万人など計約80万人の人出があったそうだ。

多くの人でにぎわう銀座の歩行者天国、東京・銀座の銀座通り
(c)共同通信社
 No.10
No24
環境庁が設置
1971年5月31日環境庁設置法が公布され、7月1日総理府の外局として、公害の防止、自然環境の保護及び整備その他環境の保全を図り、国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するため、環境の保全に関する行政を総合的に推進することを主要な任務として環境庁が設置された。その後、2001年の中央省庁再編により,地球環境保全,公害防止,自然環境の保護および整備その他の環境の保全をはかることを任務とし環境庁から環境省へ昇格した。

(c)kyodonews
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