京都南ロータリークラブ
Rotary Club of Kyoto Sounth
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月報表紙絵

「1998年1月No.26」週報表紙『いくつになっても人生に興味を』
河合享三会員
いくつになっても人生に興味を 「若い頃はどんなものでも興味を持ち行動も積極的でしたが、熟年から老齢になるにつけ、特定の少数のものにしか興味を示さず、何事にも受動的になります。そのため心の老化が始まります。心だけは人生の最後まで青春のままでありたいと思います。」(河合亨三会員記)
 サミュエル・ウルマンも有名な「青春」という詩の中で「青春とは人生の或る期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ」と述べていますが、京都南RCの会員諸兄には、齢を重ねつつも「青春」を続けておられる方が沢山おられます。これも南の伝統なのでしょう。
(西脇 記)

「1998年1月No.26」週報表紙『いくつになっても人生に興味を』
河合享三会員
いくつになっても人生に興味を 「若い頃はどんなものでも興味を持ち行動も積極的でしたが、熟年から老齢になるにつけ、特定の少数のものにしか興味を示さず、何事にも受動的になります。そのため心の老化が始まります。心だけは人生の最後まで青春のままでありたいと思います。」(河合亨三会員記)
 サミュエル・ウルマンも有名な「青春」という詩の中で「青春とは人生の或る期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ」と述べていますが、京都南RCの会員諸兄には、齢を重ねつつも「青春」を続けておられる方が沢山おられます。これも南の伝統なのでしょう。
(西脇 記)

「1998年7月号 No.507」表紙 『色絵金銀彩 草花二雀之図 肩壷』
鈴木爽司会員
色絵金銀彩 草花二雀之図 肩壷 「私は、自然の織りなす美しい四季を画材に絵付をしている。この作品も秋草と雀をテーマに製作したものである。自然との対話の時間の長い私は、忙しい日々に追われ、スケッチに出掛けられず、四季の織りなす美しい草花を見ることができなかった時、とても残念に思い、あの花やあの草は来年はぜひともスケッチしてと悔いるのである。なぜなら、草花や鳥達を、あと何回見られるだろうと思うと、とても、いとおしく、季節・季節を大切に思うのである」(鈴木爽司会員 記)
 45周年の岩佐孝雄会長は「共に考えよう、奉仕の心を」をターゲットに掲げ「どれ程の奉仕をしたか、どれだけお金を集めたかではなく、どれだけロータリアンとしての意識を持てたか」を一年を通じて訴えられました。
(西脇 記)

「1993年7月号 No. 447」表紙 『紫陽花』
東 勇会員
紫陽花  三大寺隆繁会長の第41年度の会報は、会員の写真作品が表紙を飾りました。東勇会員の「紫陽花」と井尻隆一会員の「樹々」が月報に、木村勇会員の「琵琶湖」と内田昌一会員の「神秘」が週報に採用されました。
 創立40周年記念事業では、平安建都1200年記念事業の一つ「花と緑の都市フェアー」に賛同し、梅小路公園内に「四阿(あずまや)」を寄贈しました。「四阿」とは、「東国風のひなびた家の意」で、屋根を四方へ葺き下ろした寄せ棟造りの、庭園や公園に設ける休憩用の小さな建物のことです。
 記念誌として発行された「四十年の歩み」は640頁にも及ぶ大作で、「創立50周年記念誌」の基礎資料ともなりました。編纂に尽力された近森佐太郎会員に感謝します。
(西脇 記)

「1988年8月号 No. 388」表紙 乾漆着彩『みのり』
杉村 尚会員
乾漆着彩『みのり』  「今年の梅は不作であったので、秋は不作だそうだが、内田昌一君は、そうでない。爽やかな風に稲の穂がたれ下って、漣(さざなみ)の様にゆれているさまは、まさに内田内閣そのもののように思える。秋のみのりを祈念したい」(杉村 尚会員 記)
 1989年1月7日に昭和天皇が崩御され、時代は平成へ。創立35周年記念祝宴は記念懇親会に名称を変えました。
 記念事業としては、京都市の琵琶湖疎水竣工100周年記念事業として建築された記念館の前に、「噴水」一基を寄贈しました。これは、細田精一ガバナーの環境美化運動「山は緑に水は美しく」の趣旨に沿うものでした。
(西脇 記)

「1983年7月号 No. 326」表紙絵『静物・花』
立石一真会員
静物・花  『企業経営に忙殺される中、京都で一真の生活を豊かにし、楽しくしたのは、昭和20年代の終わりに入会した京都経済同友会と、日曜画家の会であるチャーチル会の交友でした。父の血を引き、絵が好きであった一真は、幅広い趣味の中でも絵画を第一にあげていましたが、そのほかにも謡曲、清元、小唄、俳句、短歌、書道、茶道、さらに演劇、音楽鑑賞などを楽しんでいました。』
 (オムロン・ホームページの『立石一真物語』より)
 創立30周年に当たる津田幸彦会長年度では、記念事業の一つとして、アバンティパークにモニュメント・ブロンズ像「伸びて行く」(杉村尚会員作、橋本奈良二会員鋳造)を記念寄贈されました。
(西脇 記)

「1978年7月号 No. 267」表紙絵『富士』
西山英雄会員
富士  西村清次会員が会長を務められた、創立25周年に当たるこの年度の雑誌会報委員長は西村七兵衛現会長でした。
 会員同士の理解を深めるために、会員の趣味をテーマにとりあげ、「わたしの道楽」という連載記事を企画されました。
 現在、在籍の会員では圓城会員の「民謡」、佐野友泰会員の「アマチュア無線」、安立会員の「再び刀について」、近藤会員の「囲碁と経営」、橋本奈良二会員の「論戦」、西会員の「スキー」、頼名誉会員の「水石」、岩佐会員の「錦鯉と池」が掲載されました。
 25年後の今もなお、道楽とされている方もおられるご様子。機会があればお話を伺いたいものです。
(西脇 記)

「1974年4月号 No. 222」表紙絵『鳩車』
西山英雄会員
鳩車  「長野の郷土玩具の1ツであり、戸隠山のあけびのつるで造った素朴な可愛い玩具であり長野善光寺のみやげ物屋に大小さまざまな鳩車が売られている」(西山英雄 会員 記)
 塚本幸一会長の本年度では、月報は隔月(偶数月)で発行され、表紙絵には西山会員のスケッチ画が採用され「鳩車」の他に「しなのきんばい」「十二神将」「二佛薬師」という作品が表紙を飾りました。
 創立20周年のこの年度では記念事業の他に、タイ・トンブリRCとの姉妹クラブ締結がなされ、わがクラブにとっては3番目のアディショナルクラブである京都伏見RCが誕生しました。
(西脇 記)

「1968年 7月号 No.157」表紙絵『ローマのコロッセオ』
西山英雄会員
ローマのコロッセオ  先斗町通を四条から少し上がったところに「クワトロ・セゾン」というレストランがある。コンセプトは“京のイタリアン・テイスト”。お茶屋を改築されたという店内を見渡すと、あちらこちらに西山英雄会員の絵画が飾られてある。オーナーで英雄氏のご子息の西山昭氏に「ローマのコロッセオ」についてお話を伺うことができた。
 「この作品は父が初めてヨーロッパへ旅行に行った時に描いたもの。それ以降、コロッセオとパルテノンの他にはイタリアの絵は描いていないのでは」とのこと。
 クラブ創立15周年記念の会報の表紙に選ばれたこの作品に、西山会員はどのような思いを込めておられたのでしょうか。
(西脇 記)

「1963年 7月号 No.97」表紙絵『桜島風景』
西山英雄会員
桜島風景  表紙絵の作者、西山英雄氏は、京都で商売人のご子息としてお生まれになりましたが、当時、京都画壇で一流の地位を築いておられた叔父の西山翠嶂氏の強い影響を受け、自らも画人の道へと進まれました。
 クラブ会報の表紙絵として、西山氏の絵画が初めて登場したのが、1963(S38)年の7月号No.97でした。
以来「東寺の塔」、「三十三間堂」、「東本願寺」、「稲荷神社」など、長年にわたり、クラブ会報の表紙を飾っていただきました。
 なお、この年度はクラブ創立10周年にあたり、記念事業として地域内58の小中学校へ百科事典と書架を寄贈しました。
(西脇 記)

「1958年 7月号 No.37」表紙絵『有馬古泉閣膳料理』
第14代会長 立石一真会員

有馬古泉閣膳料理
 有馬の古泉閣に遊ぶ。一年振りである。
 その間に飛騨の合掌造りが見事にここに移し建てられて、然もそこで、高山の八代目角正主人を招じて、懐石料理を営んでいるのである。
 即ち試みることにする。
 “猫にまたたび”のまたたびなど、珍しい材料を高山からとりよせているだけあって、次々と膳にのぼる珍味の数々に暫し時を忘れる思いであった。
 この絵はそのときの あげもので、南瓜、とうふ、百合根、生椎茸、青とうがらしなど。
(立石一真会員 記)

「創刊号」表紙絵『京都駅』
第4代会長 田中 豊会員

京都の玄関
 「古い都、京都の玄関は京都駅で御座いましょう。此の玄関近く丸物百貨店に玄関番然と、控えているのが京都南ロータリークラブです。京都駅は焼けて、土地に似合わぬ、モダンな明るい駅となりましたが、伝統の高い塔は、新しい姿で復活しました。」(田中豊会員 記)
 京都南ロータリークラブが創立された1954(S29)年3月11日から1年4ヶ月後の、1955(S30)年7月21日に「京都南ロータリークラブ会報」(現在の月報)の第1号が発行されました。
 表紙絵は田中豊会員による区域内の名勝スケッチで、毎月替わり、他には「東寺」「観月橋界隈」「伏見稲荷」「京都博物館」「宇治平等院」「羅城門遺址」などがありました。