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■四代携った石臼(9月3日 週報No.9)
10代目の時代から使っていた石臼です。直径が約60センチあり割と大きいものです。今では使っていませんが、うちの商売には欠かせない道具のひとつです。加工した原料を粉末にするのに使い、手で回します。モーターで回せば楽なのですが、モーターを使うとスピードが速く、熱が発生します。熱は、香りをとばしてしまうので天敵です。
約150年お世話になった石臼、四代携りました。
原悟
■私の趣味(9月10日 週報No.10)
私の趣味はスポーツを除いては車です。それもフェラーリ。それは少年時代からの夢。
家の中に愛車を入れ、そこに停まっているフェラーリをリビングから眺めながら…そして酒を飲む…。このステイタスを実現する為にと一生懸命働き、追い続けた私の夢は41歳の時に自分で設計した自邸を完成出来たことから現実となりました。そして、自邸完成から3年後、ようやく愛車フェラーリを購入する事が出来ました。
この趣味は私の人生最後まで続けて行きたいと願っております。どうぞこのような私の趣味と同じご趣味をお持ちの方は、お気軽にお酒持参にていらして下さいませ。 〜限りある身に限りない夢をいだきて〜 感謝
宮上浩幸
■左甚五郎の龍(9月17日 週報No.11)
法輪寺には左甚五郎に関する伝説があります。甚五郎が入洛したおり、本物の龍を見たいと虚空蔵さんに願をかけ、見事真龍を見ることが出来ました。その御礼に奉納したのが、写真の龍の彫刻です。そして真龍を見た右目がつぶれ、以来左甚五郎と名乗ったとされます。
左甚五郎を、信仰にも近い気持ちで、匠の祖と慕う京の職人衆が生んだ伝説といわれています。
藤本高仝
■疱瘡の神様(9月24日 週報No.12)
私が宮司をつとめる西院春日神社は、天長十年(833)に創建された。様々な歴史を経るにつれ、皇室はじめ諸侯から、「疱瘡(天然痘)の神樣」と崇められるようになっていった。
現在でも「疱瘡石」と呼ばれる霊石がある。古文書にも公家たちからの疱瘡平癒の祈願の依頼文が少なからず残っている。写真は、九條大納言の疱瘡平癒の祈願文である。
(釈文)
九條大納言樣、御疱瘡に付き
御祈祷之儀、仰せ出でられ候節、
前中納言殿より、右之儀申達すべき
之旨、仰せ進められ候に付き、早速、
使者を以て御控申され候間、御祈念成され
御札守等、早々当家迄御差
出し、下さるべく候。以上
風早前中納言殿使者
五月九日 杉山主殿(とのも)
西院村
春日社
御社人中
米川安宜
■祖父の残したもの(10月1日 週報No.13)
祖父が寺町の偉いお坊さんに書いてもらった、といういつの時代のモノか分からない巻物がある。「蕎麦と饂飩」と題され、歴史、栽培から始まり製法、文化に及んでいる。飾り気のない文体は一字一句研ぎ澄まされ板場の真剣勝負に通じるものがある。京の風習にも通じているところから地元の作者に違いない。
又なぜか、この巻物は京都幼稚園の原稿用紙に包まれていた。ここにも蕎麦を使用した各種製法、調理法が一面に箇条書きされていた。今読み返してみても基礎は変わっておらず、伝承の重さを感じさせてくれる。
塩山大介
■親父のステッキ(10月8日 週報No.14)
そろそろ私も、杖かステッキが欲しい年頃になったので、ふと父が愛用していたステッキを思い出し、コラムに投稿いたしました。ご一読を。
父が若い頃のある日、暴漢に襲われ、剣道に心得があったので、棒の一本でもあれば、怪我をしなかったのにと、爾来護身用にステッキを持ちだした由。が、晩年護身用からアクセサリーへと変わり、数本愛用していた内の最も好んだものをご披露いたしたい。
スネークウッド(蛇の鱗の模様のある木)に象牙の握り手、当時としてはかなりお洒落なようでした。
向井博一
■美術商自慢の看板(10月15日 週報No.15)
江戸後期の名書家良寛に比肩する、熊谷守一先生の書です。栄誉ある文化勲章を辞退されたという人柄に感銘し、また奥様が同郷の和歌山の方という縁もありご揮毫いただく事ができました。
「大雅堂」は来年で開廊40年、開業80周年を迎えることとなり、その成り立ちを振り返っております。平和産業である画廊経営は戦前では苦労したものと聞いておりますが、京都というこの地で歴史文化・伝統を擁護していくことは、これからますます期待されていくものと想っております。
庄司恵一
■ルーペ(10月22日 週報No.16)
宝石を見る道具として、ルーペ(10倍の拡大鏡)を使用いたします。私にとっては商売道具で、宝石の品質をチェックしております。私は長年の経験で、ルーペで見れば大体の品質、価格、宝石の真・贋等ほぼ判ります。ところが、最近科学技術が発達し、本来自然が長い年月をかけて出来てくる宝石と同等なものを、人工的な方法で作る事が可能となっています。ダイヤモンドでさえも人工的に作れます。ルーペだけで判別出来ない時代に入っています。正確な鑑別書が必要な時代となっています。何も処理されていない天然の石に会う機会は少なくなりつつあり、残念です。
今西信裕
■彦根藩から16両の借金(10月29日 週報No.17)
故郷は彦根。私の父まで代々傳三郎を継承。この歳になってどうしたものかと迷っています。日本歴史地名大系に、天保十一年(1840年)の飢饉に、彦根藩から田畑を担保に金十六両を借り、村方三役が保証人等々記載されています。寺の草創、文禄二年(1593年)、家の過去帳に明暦三年没(1657年)があります。京都に居を得て、このコピーが違い棚に飾られています。墓参だけは忘れるなとの父の想い。子々孫々守らねばと思っています。
中川博補
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